HAZY MOON
日直の号令で起立、礼する生徒たちに目もくれず、彼は手に持っていたプリントを適当に配りだした。


「ねぇっ! なんで梶先生なの?」


誰かがお決まりの質問を投げ掛ける。
梶先生はそちらをちらりとも見ず、


「自習だ」


ただ事務的に質問に答える。
それなり梶先生は何も言わずに教卓の前に座り、何やら本を読み始めた。


自習を喜ぶ小さな歓喜の声。
即、机に伏せる姿。
プリントそっちのけで喋り始める声の中に、



「梶先生~、質問ですっ」


さっきから変わらず黄色い声を上げている女子数人。


本を読むために掛けた眼鏡の隙間から、梶先生がチラッと視線を上げる。


このポーカーフェイスと、透かした態度がわたし的には気に入らない。


「先生は彼女居ますか~?」


そんなわたしとは正反対に目をやたらと輝かせながら、食い入るように梶先生を見つめる女子たちを、



「はぁっ。……時間内にプリント出来なかったら居残りだからな」


溜め息で受け流し、最初に言うべきであろう事柄をぬけぬけと今頃呼び掛ける。


「えっ! マジかよっ」

「今日デートなのに~」


途端、ざわつき始めたクラスに我関せずと、梶先生は再び本に視線を戻した。


何気なく眼鏡を上げた左手には、少しくすんだシルバーリングが光っていた。

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