HAZY MOON
真実
寄るつもりは無かったけど、何となく真っ直ぐ帰りたい気分になれなかった。


祖父が入院している大学病院に、ふらりと立ち寄る。

六階の奥にあるのが祖父の個室。
もしかしたら、着替えを持ってきた祖母が居るかもしれないけど……朝の感じからして、もう母の話題に触れてくることも無いだろう。


今はとにかく独りになりたくなかった。


すれ違って行く看護士さんに軽く会釈しながら、廊下の奥へ進んでいく。

見慣れた病室のドアに手を掛けたとき、

「来週、十八になります」


珍しい来客に、思わずドアに掛けた手を止めた。


開きかけたドアの隙間から見えた人影。
こちらに背中を向けた祖母と、ベッドを挟んで向かいに立つ尊の姿だった。


ベッドを起こし、もたれて座る祖父はただ静かに瞳を閉ざしている。


「約束通り、雫希を貰います」


「っ!?」



次の瞬間、見たことも無い程真剣な顔をした尊が、低いトーンで呟いた。


身に覚えの無い約束。
わたしを貰うと言った尊の言葉は、いつまで経ってもわたしの中に入ってくることは無かった。


顔の見えない祖母は何も言わず、祖父は瞳を閉じたまま深く頷いた。


尊とわたしの間の約束なのに……わたしは何も知らない。


足は自然と病室から遠ざかっていく。

独りになりたくなかったはずなのに、気付けば独りで自分の部屋に座り込んでいた。




あぁ……。
今日という日は、何ていう日なんだろう。


厄日どころじゃない。
まるで悪夢でも見ているみたいだ……。
いや、悪夢の方が何倍も良い。


悪夢ならば、目覚めることが出来る。

けど、これは現実だ。

紛れもなく、わたしの周りで起きている現実。


いくら眠って目覚めたところで、消えることは決して無いんだ……。




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