喫茶リリィで癒しの時間を。
「あの、さゆりさんのお父さんは今……どちらにいらっしゃるんですか?」
勇気を出して聞いてみると、全員が沈黙した。聞いてはいけなかったのだろうか。
でも、もう口に出してしまったし、撤回は出来ない。
ほどなくして、重い沈黙を破ったのは、八百屋のおばさんだった。
「本当はさゆりちゃん本人から聞くべきなんだろうけど、冬馬くんにも世話かけたからねぇ。あたしから話すよ。……いいよね?」
「勝手にしろ」
鈴木のおっさんから了承を得て、八百屋のおばさんは静かに語り始めた。
「さゆりちゃんの父親がどこにいるかは、あたしらにもわからないよ。さゆりちゃんの母、百合子は……未婚の母だったのさ」
「未婚の母……」
「その男は、仕事の都合でこの辺に引っ越してきた。この喫茶店で働いていた百合子と知り合い、恋に落ちたよ。でも……結局別れちゃってね。別れたあとで、百合子は妊娠していることに気がついたんだ」
さゆりさんの父親はいわゆる転勤族で、数年に一度、会社の都合で引っ越しをしていたらしい。
そのため、今はどこに住んでいるのかわからないそうだ。