今 顔を上げたら、きっと。
 



 月曜日、寺岡は出勤してこなかった。火曜日も。そして水曜日、2年間だった予定を早めて、当月限りで元々所属していた病院に戻る事が知らされた。

 理世達検査技師には、「ご家庭の事情」とだけ伝えられたその理由の詳細は、小林が教えてくれた。

「奥さん、育児ノイローゼ気味だったらしいよ」

 小林は、サービスで付いて来たピーナッツの薄皮を剥がして口に放り込む。

「早坂教授とは随分前から相談してたんだとさ。結局、あと半年も奥さんと子供だけにしておけないって事になって。
 研究も勉強もいつでも出来るけど、子供の大切な時間は今だけだからって。
 たまに来るとは言ってたけど」

「そうだったんだ……」

 寺岡は、理世にそんな話を漏らしたことは1度もなかった。ただ、初めは……お互いに大切な人と離れて暮らすから、その不安や微かな淋しさを共有していたことを思い出した。
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