今 顔を上げたら、きっと。
 優しい人だった。

 こんな優しい人が旦那さんだったら、離れていても心強いだろうな、と奥さんを羨ましく思った。

 きっと、お互いに上手くいかなくなってしまったパートナーとの関係の理想を、重ね合わせていた。

 寺岡は優しいからこそ、妻と似たような境遇の理世の涙を放っては置けなかったのだろう。

「奥さん、元気になるといいですね」

 理世としては、本心だった。家庭を壊したいと思ったことは一度もなかったから。

 あの日、切り出し室に来た寺岡は憔悴していたから。いつもなら家族と過ごすはずの時間を、過ごせない程に何かを抱えていたのは判ったから。

 そんな理世の傍らでは、鉄平が大層不満気な表情をしていた。
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