今 顔を上げたら、きっと。
 最後の出勤日、寺岡は夕方に標本室に来た。

 ガルルルル。そんな唸り声が聞こえる気がする程番犬さながらに寺岡を睨む鉄平を一瞥して、寺岡は小さく笑った。

「……もう、変な男に引っかからないようにな」

「はい。大丈夫です」

 迷わずに、理世は頷いた。その後、寺岡は鉄平へ悠然と笑みを向けた。

「泣かせたら、承知しないからな」

 お前になんかに言われたくない、と鉄平が去っていく寺岡の背中に向かって中指を立てたのを、理世は笑いを堪えて見ていた。

 理世と鉄平と、寺岡だけの秘密だ。
< 24 / 26 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop