晴れのち曇り ときどき溺愛
 電車に乗っている時間にして十分くらい。それなのに、息苦しさが徐々に私の身体を包んでくる。真っ直ぐに見つめているだけなのに、私はその視線から逃れるかのように視線を足元に向けるしか出来なかった。私が居る側のドアが開き、急にたくさんの人が流れ込んできた。この次の駅で降りるのに手摺りをから離れてしまい、人に揉まれて流された先は下坂さんの胸の中だった。


「すみません」

「それはいいけど大丈夫?」

「はい」


 次の駅までは五分も掛からない。それなのにこんなにも私はドキドキしている。ただ、電車の人混みで抱き寄せられているようになってはいるものの、たまたまである。ドアの方を向いていたから、入ってきた人波に流された先は半回転したまま下坂さんの方を向いてしまい、私の頬は下坂さんのスーツを感じていた。


「すみません。あの…」

「気にしないで。大丈夫だから」


 そういうと、下坂さんは私が少し楽になるように隙間を作ってくれた。人混みから逃れることは出来ないけど、それでも少し息は出来る。微かに残る柑橘系の香りが鼻腔を掠める。もっとこの香りに包まれていたいと思いそうになる。耳元で囁かれる優しい声がドキドキさせる。


 電車は静かに私が乗り降りする最寄駅に着き、静かにホームに止まった。たった数分だけど、とても長い時間、下坂さんに甘えていたように思える。でも、ドアがゆっくりと開くと、私の身体は自由になった。

 


 
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