晴れのち曇り ときどき溺愛
 人の流れに沿って電車から降りると、さっきまでの時間が幻かのように思えた。抱きしめられたように過ごしたのはたった数分だけど、私の中では長い時間に感じた。人混みに揉まれないように庇ってくれただけだと分かっている。でも、ドキドキしてしまう。


 初めて会った日からじわじわと浸食されるかのように私の気持ちは下坂さんに傾いていく。


「人が思ったよりも多かった。タクシーが良かった?」

「いえ、大丈夫です」


 下坂さんは私の心のドキドキなんか気にしないのか、何も言わずに私のマンションに向かって歩いていく。そして、すぐに私のマンションの下までついてしまった。


 あの、琉生と一緒に飲んでいた居酒屋で再会した時に逃げずに話をしていれば、こんな風に自分の気持ちを持て余すこともなかったかもしれない。でも、それはもう戻らない時間で、あの後、このような形で再会するとは思わなかった。


「ここです。送ってくださってありがとうございました」

「じゃあ、明日会社で」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみ」


 私は頭を下げてから自分のマンションに入ると、フッと大きく息を吐いた。さっきの店で少しほろ酔いで気持ちよかったのも醒めてしまっている。今夜は寝れそうもない。考える内容が仕事のことから下坂さんに変わっただけだった。


 
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