晴れのち曇り ときどき溺愛
 親会社に行ってから自分のマンションに直帰したと思っていた。でも、下坂さんは疲れた顔をしているというよりは運動会の後にやり切った子供の様に満足そうな寝顔だった。

 このまま寝かせておいてあげたいと思ったけど、もう少ししたら他の人も出社するから起こすことにした。


「下坂さん。そろそろ起きた方がいいと思います。八時ですよ」


 ソファの横に座って驚かせないようにポンポンと軽く肩を叩いてみた。でも、規則正しい寝息は乱されることはなかった。どうしようかと思っていたら、もう一度ポンポンと肩を叩くと下坂さんの身体が少し動いた。

 指先がピクリと動き、少し目蓋が動いた。下坂さんの腕がそっと私に伸びてきて、その手は私の後頭部を掴んだかと思うとグッと引き寄せた。


「好きだ…ずっと、好きだった」

 囁かれる言葉の吐息を唇の近くで感じ、私の唇には下坂さんの唇が重ねられた。


 一瞬のことで自分の身に起きていることを理解出来なかった。身体が固まり、重ねられる唇の柔らかさや温もりが余りにも気持ち良くてこれが現実なのか夢なのかさえ分からなかった。でも、一つだけ分かるのは夢の中に居るのは私ではなく下坂さんだった。

 そして、また眠りの中に落ちていく。
 
 何もなかったと自分に言い聞かせながら私は休憩室に向かうことにした。とりあえず一人になりたかった。
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