晴れのち曇り ときどき溺愛
 さっきのベートヴェンの『月光』を思い出す。優しく穏やかな音色に素敵だと思ったし、下坂さんが弾いているなんて想像すらしなかった。私は下坂さんのことを仕事の面でしか知らない。こんな風に音色を聞いただけで下坂さんのピアノだと絵里菜さんは分かる。

 幼馴染なのだと改めて思い知らされた気がした。

「帰って来られたんですね」

「春くんは色々とあるから、気晴らしに弾きに来たのかもしれないです。たまにふらっと店に来て弾いていくんですよ。お兄様も梨佳さんのことを前に会った時から可愛い人だとは言っていたけど、まさか直接誘ってくるなんて思いませんでした」

「進藤さんのはリップサービスですよ」

「それは違います。お兄様はリップサービスを女性にする人ではないです。私はお兄様と梨佳さんはお似合いだと思います。梨佳さんさえよければですが…」

「私は今、仕事で精一杯です」

「そうですか?仕事なら仕方ないですね。お兄様は失恋かしら」

「進藤さんに失礼ですよ。絵里菜さんは恋愛はどうですか?」

「梨佳さんだけに教えますね。最初は傍にいても何も思わなかったんですが、一緒にいる時間が長くなると本当に好きになってしまって、見ているだけで幸せなんです」

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