晴れのち曇り ときどき溺愛
 見城さんは下坂さんが会社を解雇になることを知っていた。話して欲しかったと思うのは身勝手だけど私は知りたかった。でも、見城さんだけには教えて、私には教えてくれなかった。

「でも…」

「この万年筆は室長が大事にしていたから、段ボールに荷物と一緒に入れるのは嫌なんだよな。普通のボールペンとは違うし。今日は用事があるし」


 見城さんは手に持っ眩く光る万年筆を私に見せた。私は万年筆の価値は分からないけど濃紺のボディに金でネームが彫られてあるから大事な物だろう。


「住所教えて貰えますか?仕事が終わったら届けてきます」

「助かるよ。封筒に入れてポストに入れてくればいいから」

「はい」

 
 そんな話をしていると井上さんが頭を掻きながら営業室に入ってきた。凄く困ったような表情をしているのは下坂さんの解雇の辞令を見たからだろう。

「見城。室長の荷物の整理は終わったか?」

「室長は殆ど私物を置いてなかったので楽でした。井上さんの方はどうでしたか?」

「人事に行ってきたが、しばらく俺が室長だとさ。向かないって見城も思うだろ。見城の方が向いていると思わないか?」

「向かないとは思いませんが、嫌だろうとは思いますよ。時間が縛られますし。私も室長は嫌ですよ」

「だよな。大体、下坂室長の代わりを出来る人間なんてここには居ないだろ。上も何を考えているんだか。進藤さんと斉藤が来たらこれからの事を話すから会議だな」

「はい」
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