晴れのち曇り ときどき溺愛
 駅に着き、私はホームに立っていた。下坂さんのマンションを出てかなりの時間が経っていた。

 帰ることも出来ずに何本もの電車を目の前を通り過ぎていくの見ながら涙が頬を伝っていた。

 携帯が鳴っているのに気付いたのはしばらくしてだった。私の携帯に電話してくる人なんてそんなに多くはない。

『下坂室長 携帯』

 下坂さんからだった。

 取るか取らないか迷っているうちに着信は切れてしまった。社会人としては上司からの電話は掛け直さないといけないというのは分かっている。でも、どうしても指が動かない。

 二回目。三回目…。何度も掛かってくる。

『はい。諸住です。すみません。電話に出れずに』

 さすがに四回目が掛かってきた時は常識の方が勝ってしまった。四回も電話をしてくれているのに出ないという理由がなかった。それは社会人として当たり前のことだし、常識だった。

『今、どこにいる?』

『駅に居ます』

『諸住さんの最寄りの駅?』

『室長のマンションの近くの駅です』

『見城からメールを貰ったので、梨佳が来るのをずっと待ってた。あまりに来ないから、ポストを見に行って…万年筆を見つけたよ。届けてくれたんだね』

『大事なものだと思いましたから』

『ありがとう。でも、俺は梨佳に会いたい』

『………』

『今から俺のマンションに来ないか?美味しいケーキもある』

『…。何でケーキ?』

『美味しいケーキとコーヒーがあるから。そんな理由じゃ、俺の部屋には来れない?』

 
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