晴れのち曇り ときどき溺愛
 瑠生と私の前にビールの入ったジョッキとだし巻き玉子が並ぶ。だし巻き玉子は十分にダシを含んでいるようでカウンターに置かれた瞬間にプルンと揺れた。大根おろしまで添えられたものは全部で五切れあり魅力的な一品だった。

「二切れなら分けてやる」

 そんな琉生の横からだし巻き玉子に箸を伸ばすとほんのりとした甘みとじわっと滲み出てくる旨味が絶妙だった。一切れ摘むつもりが、一切れ、また一切れと箸が伸びる。そして、琉生の境界を侵す。でも、それは横から攫われた。


「梨佳。俺のだし巻き取るな」

「だって、美味しいんだもん」

「もう一皿頼むか?」

「琉生のがいい」

「強欲」


 私は琉生と笑いながらだし巻き玉子を取りあっていた。琉生とこうしていると少しの燻りも和らいでいく。だし巻き玉子の他にも色々な美味しい料理が並ぶのに喜びながらも、下坂さんが消えたお座敷の障子が視界に入る。私の視線の行方を琉生もきっと気付いているはずなのに、何も言わずにビールを飲み干していった。


 しばらくして下坂さんは外国の人と一緒に私の後ろを通りすぎた。私の方に視線が向けられることがなかったのに、私は自分の背中に神経が張り詰めている気がした。


「あの男が梨佳の溜め息の理由だろ。追い掛けなくていいのか?梨佳があの男の所為で溜め息を零しているのは分かる。だから今、追い掛けたら間に合うと思う」


 
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