魅惑への助走
 「……」


 ふーーっと息と同時に、煙を吐き出す。


 Anytime smokin' cigarette


 昔そんな曲が流行ったような。


 ただし私の場合、人前では吸わない。


 他人のたくさんいる場所で吸うのは、どうも落ち着かないというか。


 煙草を口にするのはもっぱら、男と体を重ねた後、男が帰宅して独りになってから。


 煙が身体中に満ちるように、味わいながら吸い込み、その後すーっと吐き出すと。


 どういうわけか落ち着いてくる。


 自身の成功のためとはいえ、好きでもない男に幾度となく体を与え続けるのは、正直しんどい。


 こんなことはやめたいと思いつつも、今の生活から抜け出す近道として、この手を使ってしまう。


 一人ベッドに残された時、急に込み上げてくる嫌悪感、焦燥感、そして不安。


 そして無性に煙草が吸いたくなる。
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