魅惑への助走
 「言われてみればそうですね」


 女性向けAVは、描写を多めにすることが良しとされている。


 ナレーターがいるわけれもないから、心理描写はセリフに盛り込む。


 ゆえにセリフは長文化し、そして、


 「それにセリフがクサい。『お前がいないこの世界は、全ての星が消え失せた砂漠を彷徨うかのごとく』……。古典の教科書かよ」


 「はい……」


 撮影以外の場でセリフを口にされると、確かに恥ずかしい。


 もっと等身大のカップルを描いたほうがいいような気もするのだけど、少々ファンタジーがかった大袈裟なくらいのセリフを基調に、と要求されているので。


 日常生活においてはクサすぎて到底口にできないようなセリフが、台本には無数に散りばめられている。


 「お前、こんな口説き方されてその気になる?」


 「一応、女性を最上級に賞賛するセリフをイメージしているのですが……」


 そう答えた途端。


 片桐に鼻で笑われた。


 「もしかしてお前、経験ないんじゃないの? 妄想ばっか肥大してない?」
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