魅惑への助走
 「ちょっと……!」


 ここで行為に及ぼうとしているのかと慌てた。


 通路とはいえ他のお客さんの目もあるし、誰かが何か追加注文したら、店員だって。


 「こんな所で変なことしたら、東京都の迷惑行為防止条例違反(卑わいな言動)で逮捕されますよ」


 服の下に忍び込もうとする手を、何とか押し退けた。


 「それにしてもお前は、セリフがややこしくて長いな。日常生活でもそれが素なのかよ」


 片桐は思わず笑い出した。


 笑った顔を目にすると、根っからの悪人にも見えないかも。


 「だったら、このまま二人で抜ける?」


 飲み会から二人で抜け出して、一気にそのままやっちゃおうかと提案された。


 こちらの返事を待つこともなく、片桐は私の手首を掴み……。


 「待ちなさい」


 まさにその時、私たちを呼び止める声が。


 松平社長だった。


 「片桐くん、イタズラが過ぎるわよ」


 社長はいつからそこにいたのだろう。


 私たちの問答をどこまで目にしていたのだろうか、気になった。
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