魅惑への助走
 「じゃあね、明美ちゃん。今後を楽しみにしているよ」


 そう言い残して片桐は、個室へと先に戻っていった。


 「今後」というのが私の次回作を指すのか、それともやがて私を我がものにする予定のことなのか、はっきりとしないままだった。


 「……」


 ようやく我に帰った。


 ほっとすると同時に恥ずかしくなった。


 私は自分の成功のために、片桐の言いなりになろうとしていた。


 一瞬だけとはいえ、そんな打算に目がくらんだ自分が恥ずかしすぎて……。


 「明美ちゃん」


 私の心の奥底を察したのか、松平社長は私の肩を抱きながらこう告げた。


 「いくら仕事のためとはいえ、そのために体を使っちゃ駄目よ」


 「社長……」


 「最初のうちはそれでいい仕事が舞い込んできて、満足かもしれない。だけど仕事をもらう度に体を与えていると、それが基準となってしまいきりがなくなるから」


 AV業界は一般社会に比べると、性に対する垣根が低く、ルーズだとみなされがち。


 日々性を生活の糧にしていて、倫理観がおかしくなってしまう人もいたりする。


 「私たちの任務は、女性向けAVという新たなカテゴリを確固たるものにすること。それは日々の努力によって成し得るものであり、スタッフの枕営業のおかげ、といった陰口は叩かれたくないし」
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