魅惑への助走
***


 宴会はお開きとなり、私は松平社長とタクシーに乗って帰宅した。


 本当は社長は逆方向だったのだけど、あえて送ってくれたようだ。


 片桐が無理矢理押しかけてくる危険性を考えてのことだろう。


 片桐は過去にもそのような前科が数犯どころじゃないようで、かなりの厳戒態勢。


 「電話番号はメアドは、教えてないわよね?」


 私は強く頷いた。


 「もし尋ねられても、私はもちろん、SWEET LOVEのみんなにも絶対教えないように通達しておいたから」


 片桐の次の行動を阻止するために、社を挙げてガードしてくれているようだ。


 私さえしっかりしていれば大丈夫……。


 「ただいま」


 部屋に戻り、電気をつけた。


 昔よりは広くなり、スペースにも余裕ができた私の部屋。


 依然として一人の部屋であることには変わりがなく、待っているのはいくつかのぬいぐるみのみ。


 床に座り込んで、真夜中過ぎの静かな部屋でぼーっとしてみる。


 時間が経つにつれ、情けなくなってきた。


 片桐のセクハラを拒絶できなかったこと。


 仕事のためならば、あの男と寝ることすら厭わなかったこと……。
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