魅惑への助走
 「パワハラ? どんなことされたの? あまりにひどい事例だったら、労働基準監督署に相談したほうが」


 そうだ、上杉くんは司法試験浪人だった。


 法律に関する物事には、一般人以上の知識がある。


 「大丈夫。公的機関に相談するほど大袈裟な問題でもないから。……私が適切に処置しなかったのも悪かったの。相手のほうが地位があるからって、私もつい卑屈になっちゃって」


 片桐に襲われたまでは至ってないし、私にも下心があって隙を見せてしまったし。


 「本当に? 大事に至る前に、相談したほうがいい場合もあるよ。俺の知り合いにも法律に詳しい人少なくないから、話をつけてあげてもいいし。それより俺に相談してくれても」


 「ほんとに大丈夫。悔しくて、誰かに愚痴りたかっただけだから。話を聞いてくれただけでも嬉しいの。ありがとう」


 「武田さんに頼りにされるのは嬉しいけど、苦しいんなら我慢しちゃだめだよ。俺には話を聞いてあげることしかできないけど、いつでも相談には乗るから」


 「ありがとう……。それだけでも嬉しい」


 念を押し合って、ようやく電話を切った。
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