魅惑への助走
 「やっぱり、社会に出るって大変なことなんだね。高校時代は前向きな姿しか見せなかった武田さんが、あんなに落ち込むような事態にも見舞われるんだね」


 上杉くんは司法試験浪人で、世の中の厳しさを実感しているとはいえ、まだ社会の荒波には揉まれていない。


 学生時代特有の真っすぐさを、色濃く留めている。


 いつまでもそれを失ってほしくはない。


 「さ、とりあえず注文しよう。パスタとピザ、武田さんが選んでいいよ」


 イタリア料理で、パスタやピザはお好みのものが選べる。


 上杉くんはメニュー表を、私のほうに向けてくれた。


 ふと、長くて綺麗な指先が視界に入る。


 そんな些細なことが、私をドキドキさせる。


 再会した頃は、ただの高校時代の同級生ってだけで、全く意識なんてしていなかったのに。


 よく監察してみると、上杉くんは整った顔立ちをしていて。


 背も高くて、均整の取れたスタイル。


 一緒に歩くと、私の連れとしてもったいないくらいのヴィジュアル。


 どうして高校時代、全く気づかなかったのか不思議だった。


 あの頃の私は自分だけが大人になったような気がしていて、同級生の男子など見下していて、ろくに気にも留めていなかった。
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