魅惑への助走
***


 「ごめん、電車一本乗り過ごして。あ、武田さん浴衣だ」


 上杉くんは待ち合わせの駅前に、五分間遅刻して現れた。


 携帯電話で遅れるメールは届いていたので、駅の周りのお店のショーウィンドウを覗いたりして時間を潰していた。


 慣れない浴衣に下駄といった装束なので、いつもほどは歩けない。


 「武田さんって和服も着るんだね」


 「あ、この浴衣でしょ。ちょっとしたついでがあって買ったんだけど、なかなか着る機会がないから今日着てみたの」


 若干嘘だ。


 「ちょっとしたついで」なんて嘘で、本当は今日この日のために用意した浴衣。


 「武田さんって和服美人だね」


 「……ありがとう」


 屈託のない笑顔でそう言われると、照れてしまいうつむいた。


 下心とかではなく、素直な感想が逆に私をうろたえさせる。


 「じゃ行くか。まずは縁日を見て回って、そこで何か食べてから花火大会だね」


 上杉くんは、Tシャツにジーンズといったいつもの格好。


 下駄を履いていて早く歩けない私に合わせて、ゆっくりと歩いてくれた。
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