魅惑への助走
 「……そろそろ花火大会、始まっちゃう。移動しない?」


 これ以上、片桐のことを詮索されるのを防ぐために。


 たまたま私をナンパしてきた、通りすがりのチンピラってことで事態の収拾を図りたくて、花火鑑賞の場への移動を促した。


 「そうだね。さっき花火開始時間間近のアナウンス流れてたし」


 上杉くんも同意したので、私の見つけた穴場へと移動した。


 この後、上杉くんの知り合いの方々の話題には言及したものの、片桐の話にはならなかった。


 上杉くんは完全に片桐を、通りすがりのチンピラであると思い込んでいたようだし。


 もう二度と出会うこともないと予想される連中の話題など、議論するに値しないとの判断だったのかもしれない。


 しかし……。


 上杉くんと片桐、この二人はやがて思わぬ形で再会することとなる。


 だけどその際にはすでに、二人とも違う肩書きでの対面となっていたため。


 遠い夏に出会ったそれぞれ「チンピラ」、「訳分からないことを口走る奴」と同一人物であるとは、互いに結局気づかないままだったようだ。
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