魅惑への助走
 ゼミ時代は怒られてばかりで、美木さんはその都度言い返していた。


 上級生にあまり無礼はないようにと心配する上杉くんに対し、周囲は「喧嘩するほど仲がいい」と笑っていたとのこと。


 在学中は進展はなかったものの、美木さんの元に合格通知が届いた後、いつの間にか付き合い始めていたらしい。


 「いつも何やら言い合ってばかりだったけど、些細なことで突っかかるってことは互いに意識してたってことなんだよね」


 達観した口調で上杉くんは語った。


 程度はどうあれ、きっと美木さんに対して好意を持っていたのだろうって確信した。


 一緒にいるだけで満足して、それ以上のことを望むのを忘れている間に、美木さんは他の男のものになってしまった。


 もはや居心地のよい場所は戻ってこない……。


 「ま、あの人たちは人生を謳歌できる立場だから。俺はまずは勉強」


 物分かりのよさそうなことをつぶやく。


 「……それだけでいいの?」


 「ん?」


 「勉強も大事だけど、今しかできないことを全て犠牲にするのは、もったいなくない?」
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