魅惑への助走
 私の肩に触れる上杉くんの指先が、震えているのが浴衣の生地越しに感じられた。


 怯えているのか。


 戸惑っているのか。


 それとも……。


 「私がこうするのは、嫌?」


 「い、嫌じゃないけど」


 もしも嫌だと言われたら、私はかなりショックだったはず。


 まさかこの状況で、面と向かって嫌だと言われることはないとは思ったのだけど。


 「嫌じゃなかったら、上杉くんからもキスして」


 「武田さん」


 「私からばっかりだったら、何か不公平だと思わない?」


 「……うん」


 私に言われるがまま、上杉くんはそっと私に腕を伸ばし、ぎこちなく抱き寄せて。


 恐る恐る唇を重ねた。


 決して上手なキスではなかったものの、重なる唇から伝わる熱が、私をこの上なく満たしていた。


 ……その後、耳には花火の音が響いてきたけれど。


 もはやどんな花火だったか、見つめた記憶がない。


 ただひたすら唇を重ねるのに夢中で、空を見上げる余裕はもはやなくなっていた。
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