魅惑への助走
 容姿にも恵まれていて、そこそこの学歴を手にしている、弁護士の卵。


 性格も温和だし、いつでも私の話をじっくり聞いてくれるし、料理も上手くて。


 何よりそばにいて癒される。


 肉体的にも満たされる。


 こんな申し分のない人が、私の彼氏になってくれて。


 今まさにこの瞬間、私を愛しげに抱いてくれることが嬉しくてたまらなかった。


 「……どうして泣くの?」


 気づかぬうちに、涙が流れていた。


 どんなに男にひどい裏切られ方をしようと、こっぴどく振られようとも、一度も男のためになど泣いたことのない私が。


 上杉くんと体を重ねる度に、涙を流してしまう。


 「俺の腕の中で、いつも明美は泣き出す。過去の悲しい恋でも思い出してるの?」


 「違う」


 過去の男なんて、思い出したくもない。


 少なくとも上杉くんを受け入れている、この瞬間だけは。


 「怖いの。今があまりに幸せで嬉しくて。こんなに幸せだと、いつか消えてしまいそうで」


 「俺が明美の前から、消えるはずなんてないのに」


 上杉くんはそっと微笑んだ。


 「明美が離れていかない限り、俺はずっとそばにいるよ」


 その言葉に嘘はないことを証明するかのように。


 さらに強く抱き合い、身も心も一つであることを確かめ合った。


 ……全てが永遠であるかのように。
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