魅惑への助走
***


 「……もう行くの?」


 上杉くんがようやく目を覚ました時、私はすでにスーツに着替えていた。


 「今朝はいつもより早くない?」


 「今日は早番なんだ」


 本当はロケ。


 ロケのため早朝から集合して、マイクロバスで撮影場所へと向かう。


 撮影中はいつも動きやすい格好をするのだけど、今日は撮影前に親会社の偉い人が視察に来るとかで、まずはスーツを着用。


 「そっか……。俺もそろそろ起きなきゃ」


 上杉くんは寝ぼけ眼で、枕から顔を離すものの、


 「いいよ。まだ寝ていて」


 昨日はまた飲んだ後、抱き合いながら眠りに落ちた。


 仕事で消耗しているはずの私より、上杉くんのほうが眠りに落ちるのが早かった。


 受験勉強に行き詰まり、疲れているらしい。


 「でも、もう明美出勤だろ。俺だけ留守中に、ここで寝ているわけにもいかないし」


 「寝ていていいよ。……合鍵渡そうか?」
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