魅惑への助走
 マンションのエントランスを出て、住宅街の小道を抜けて幹線道路へと向かった。


 時間的に危険だったため、タクシーを拾うことに。


 いよいよ夏本番。


 早朝でもすでに気温が上昇しており、街路樹ではセミたちがけたたましく鳴いている。


 タクシーの中で、今日の予定のおさらい。


 今日撮影する作品は榊原さんの監督作品なので、私はADとして働く。


 そして次の作品あたりが……例の片桐主演作品。


 先方のご指名により、私が執筆しなければならないのが気が重い。


 きっと出演と引き替えに、またしても肉体関係を要求してくるだろうし。


 うちの社長が女性で、かつ性接待をきっぱり撥ね退けてくれる潔癖な人で本当によかった。


 さもなくば今頃私はどうなっていたか、想像しただけで恐ろしい。


 仕事のためとはいえ、いろんな男と寝るような女と積極的に付き合いたいと願う人はいないだろうな……。


 特に上杉くんみたいな、真面目な人だったら。


 それゆえ私が過去に、仕事を得るためだけに容易に体を与えてきたことは、永遠に封印しなければならない秘密。


 同時に現在の仕事に関しても。
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