魅惑への助走
 「修学旅行先の北海道で、自由行動の際たまたま入ったラーメン屋に、ミルクラーメンっていうのがあって。その時の記憶を頼りに、何度か作ってるんだよね」


 「修学旅行? 高校の時の?」


 「うん。でも修学旅行は二年の時だったから、まだ明美とは知り合う前だね」


 高校の同級生とは言っても、同じクラスだったのは三年の時だけ。


 しかも三年生は受験や選択科目の都合などで、みんな一緒に行動する機会が少なかった。


 私と上杉くんには、高校時代共に刻んだ思い出というものが、ほとんど存在していない。


 「グループも違ったしね」


 上杉くんは全然気にしていないようだけど、私はひどく後悔している。


 一緒に登下校したり、お弁当を食べたり……などといった学生時代にしか味わえない体験を、上杉くんと分かち合いたかった。


 「その分、今一緒に過ごせているんだから。別にいいじゃない」


 「でも今はもう、高校生くらいのピュアな恋愛はできない。大人の恋愛しか」


 大人の恋愛。


 十代半ばくらいまでは、好きな人を見つめているだけで胸は高鳴り、それだけで精一杯だった。


 だけど今は、それだけじゃ足りない。


 会うとすぐにぬくもりを確かめ合いたくなり、それ以上のことも……。
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