魅惑への助走
 「ということは、このビルが件の火災現場なんですか。とっくに取り壊されたのかと思ってました」


 「取り壊すにもお金がかかるしね。左右のビルとも密接しているから、取り壊し作業もしにくいし」


 「なるほど」


 「燃え方がひどかったのが最上階、主な死者が出たのが五階だったから、そこへ通じる階段を封鎖して、四階以下が今はスタジオとして用いられているの」


 「スタジオ?」


 「そう、AVの撮影場。こんな幽霊が出そうなビル、普通の人なら絶対に入らないでしょ。だからAV用撮影スタジオとして活用されているの」


 「ちょっと怖いですね」


 「でしょ? 本番最中に霊が出るとか、作品に霊が移っているとか、伝説は数知れないんだよね」


 「……」


 たくさんの人が亡くなった現場に足を踏み入れるのは、正直怖かったけれど。


 撮影現場にはこのような「事故物件」が多いと語る先輩は、もう慣れているらしい。


 「でも正直なところ、やっぱり怖いし。うちのメーカーはなるべく一階か二階で撮影するようにしている」


 先輩に連れられ、スタジオ脇の控え室へと入った。
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