魅惑への助走
 「えっ」


 上杉くんにしては珍しく、有無を言わさず私の向きを替え、Tシャツを捲り上げる。


 Tシャツは上杉くんからの借り物なので私には大き過ぎるサイズゆえ、たやすく肌が晒される。


 「何もしないって言ったくせに」


 昨夜私が誘ったにもかかわらず、近所迷惑になるからって断ったくせに。


 今になってこうして乱暴なくらいに、肌に触れてもてあそぶ。


 「やっぱり明美といて、何もせずにはいられないから」


 剥ぎ取ったTシャツを、私の口に含ませる。


 すでに朝とはいえ、薄い壁の左右には隣人たちがいるのには変わりがないので、吐息が漏れないように。


 声を出さないように気をつけながら、そのまま身を任せる。


 いつもとは違う場所ゆえの新鮮さと、ベッドの軋む音すら辺りに響きそうなスリルとが、いつもに増して私を狂わせる。
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