魅惑への助走
 「人間というのは、どうしても楽なほうに流されやすい生き物だからね……」


 概略を伝えたところ、葛城さんはそう述べた。


 「大学受験でもそうだけど、浪人生活が長引くとモチベーションを保つのも難しいよね。集中力にも限界があるし、成績もあまり伸びなくなってくる」


 「でも、せっかく今まで頑張ってきたのに、ここに来てあきらめてしまうのも、もったいないと思うんですよね」


 「それは彼氏の一生に関わる問題だから、俺からは迂闊なことは言えないな。ただしこれだけははっきりしている。明美ちゃんと彼氏は相互依存に陥ってるんじゃないのかな」


 「相互依存?」


 「うん。彼氏は難関試験に挑み続けることに弱腰になり、そばにいてくれる明美ちゃんとの楽な日々へと逃げてるんだ。それは明美ちゃんにも同じことが言える」


 「え、どうして私が。私は楽な日々に逃げてなんか」


 「さっき話してくれたよね。SWEET LOVEの正社員になってエッチな台本書いているのは、本当は小説家になって一本立ちするまでの、腰掛けの仕事の予定だったって」


 「……」


 「明美ちゃんもなんだよ。彼氏を支えることを口実に、自分の夢に無理矢理蓋をしてるんじゃないのかな」
< 357 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop