魅惑への助走
 しばらくの間、小説のことなんてすっかり忘れていた。


 少し前にSWEET LOVEに入社した経緯を話した際、ちらっと小説を書いていたことを葛城さんに語るまでは。


 作品を仕上げるまでに時間がかかる上、評価をもらえることも稀だった小説投稿時代。


 夢に向かって頑張ってはいたけれど、成果の出ない日々に嫌気が差し始めていた頃、AV業界に足を踏み入れてしまった。


 作品の台本を書き、撮影前に松平社長や榊原さんと打ち合わせを重ね。


 スタッフや出演者さんから意見を聞き。


 撮影し編集し販売。


 購入者からの声を聞く機会が多く、つらいことももちろんあるけれど、励みになることのほうが多い。


 当初の夢とは異なってしまったものの、今は十分に刺激的な毎日で、私なりに満ち足りていたはずだった。


 ところが……。


 葛城さんは、私の眠らせた夢を揺り起こそうとする。


 「我慢する必要はないんじゃない? ……ただ、俺がやばいと思うのは、明美ちゃんより彼氏のほうだ」


 「どういうことでしょうか」


 「今のままだったら彼氏、司法試験には一生合格できないどころか。楽な毎日に甘えて、ろくに就職活動もしないような気がする。間違いなく明美ちゃんのヒモと化すよ」
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