魅惑への助走
 ホテルの一室を後にして、廊下を物音を立てぬよう気を遣いながら駆け抜けて。


 ようやくホテルの外に出た。


 ここは歓楽街から少し外れた辺りにある……いわゆるラブホテル街。


 少し離れたところでタクシーを拾い、飛び乗った。


 もう山手線も動いている時間だったし、いつもだったらタクシー代を節約して列車で帰宅したと思う。


 だけど今日ばかりは、急いで自宅に戻りたかった。


 早朝ゆえ道路がすいていて、あっという間に自宅マンションに到着。


 タクシー代を支払い降車し、バッグの中から自宅の鍵を探す。


 時刻は、午前六時の少し前。


 上杉くんはまだ寝ているはず。


 わざわざピンポンを鳴らして起こすのも憚られたし、何より今は顔を合わすのがつらかった。


 ……私がさっきまでしていたことは、浮気そのものだ。


 上杉くんを裏切ってしまったことになる。


 酔って判断力が鈍くなっていたとはいえ、逃げるチャンスはいくらでもあったのに。


 私は逃げなかった。


 彼氏以外の男に何となく惹かれて、そのまま一夜の過ちを……。
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