魅惑への助走
 ……。


 動物は年に数度、決まった時期に発情期を迎えるという。


 だけど人間には、発情期と定義できるようなシーズンはない。


 その気になれば、いつだって生殖行為は可能。


 いや、生殖行為というよりは、性的欲望に肉体が突き動かされての行為といったほうが正解かもしれないけど……。


 「お肉食べたい」


 「……今まで散々食べてたでしょ。おかげで捕獲された草食獣は、食い尽くされて骨だけになってしまいましたよ」


 「いや、真面目な話。お腹すいた。これから焼き肉屋行かない?」


 「二日酔いで何も食べたくないんじゃなかったの?」


 「さっきまでは。でも上杉くんを食べたら治っちゃった」


 「やれやれ。明美は世界一貪欲な肉食獣だね」


 枕に頬を寄せていた上杉くんは、私の頭をぽんと撫でる。


 ……二日酔いで寝たり起きたりしている間も、昨夜の過ちの一件が常に頭にちらついていて。


 後悔と罪悪感で、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


 二日酔いによる気だるさも、それに拍車をかけて。


 だけど好きな人と夢中で体を重ねていると、一瞬だけとはいえ何もかも忘れ去ることができた。


 過ちは消し去ることはできないけど、もう二度とあんなことのないように、しっかりとこの腕を離さないでいこうと心に誓った。
< 373 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop