魅惑への助走
 「あ、武田ならあそこに」


 何も知らない社長は、私のデスクの方角を指し示す。


 ちょうど葛城さんの立っている位置からは、私のデスクは観葉植物に邪魔されて確認しにくかった。


 しかし社長によって、私の居場所は明確になってしまう。


 「おはよう、明美ちゃん」


 「おはよう……ございます」


 気まずさなど微塵も見せず、葛城さんは自然体のまま笑顔で私のほうへ近寄ってくる。


 「週末の飲み会、お疲れさま」


 「こちらこそ……。いろいろありがとうございました」


 挨拶を交わしながら、私は不安に襲われる。


 今ここで葛城さんが、私とホテルに行ったことをほのめかしたらどうしようかと。


 少なくとも不倫ではなく、社会的制裁を受けるわけでもないとはいえ、社長やその他SWEET LOVEスタッフが顔を揃えるこの場ではやはりまずい。


 葛城さんが余計なことを口走ったりしないか、内心ハラハラしながら応対した。
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