魅惑への助走
 「これ、保険のパンフレット」


 「保険?」


 一瞬勧誘を疑い、眉間にしわが寄った。


 「ほら、飲み会で話してたでしょ。事故処理の交渉がなかなか進まないって」


 「あ……」


 その後の出来事が劇的過ぎて、葛城さんと最初に会話が弾んだきっかけを忘れかけていた。


 葛城さんの大学の同期が、大手から独立して保険を取り扱っていると話していた。


 保険の話の前には、ボウリング大会で一緒のレーンになるという偶然もあったけど、あの保険の話を聞いてもらえたのが大きかった。


 「近いうちに、同期に予定を空けてもらうから。明美ちゃんも都合付けてね。それまでに今契約してる保険の資料も準備しておいて」


 「……分かりました」


 「そしてこのパンフレットが、同期の奴の扱ってる主な保険プランだから。参考までに」


 「ありがとう……ございます」


 「じゃこれから会議だから。また何かあったら電話するよ」


 「はい。よろしくお願いします」


 電話っていうのは携帯電話だと思い込んでいたけれど、よく考えたら葛城さんに電話番号を伝えた記憶はない。


 「では、松平社長。お邪魔しました」


 葛城さんは社長にも挨拶をしている。


 「明美ちゃんにまた、保険関連で連絡する必要がありますので。その際はSWEET LOVEの番号宛に電話させていただきます」
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