魅惑への助走
 「ま、明美ちゃんは一番、SWEET LOVE勤務歴が短いしね……」


 私が何も知らなかっただけで。


 最上階にワンフロア貸し切りのオフィスを構える葛城さんは、このビル一番の有名人らしい。


 「同じビルで勤務していても、直接の接点はあまりないからね。もしかしたら知らない間に、エレベーターなどで一緒になっているかもしれないけど」


 あれほどのイケメンだったら、どこかであっていればかなりの確率で目に留まっていたと思う。


 にもかかわらず全く記憶にないということは、本当に会ったことがなかったのかもしれない。


 葛城さんも出張や営業で外出することが多いって話していたし、私もまたロケなどでいないこともあるし。


 「でもよかったでしょ。やり手の社長に気にかけてもらえて。せっかくできたコネクションだから、これからも大切にしたほうがいいわね」


 私たちのつながりの実態を知らない社長は、安易に私に葛城さんとの交流を勧める。


 「食事とか連れて行ってもらえるかもよ。そればかりじゃなく、仕事面でもメリットが今後あるかもしれないし」


 「はい……」


 社長のアドバイスには頷いたものの。


 すでに保険を紹介してもらったり、あれこれ面倒見てもらい始めている。


 このままなし崩しに、葛城さんから逃れられなくなってしまうような気がして心配だった。
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