魅惑への助走
 「それだけじゃない、とは?」


 「一夜限りじゃなくて、いつまでもこうしていられる関係になりたいなと……」


 「無理です……」


 肌を寄せていると、熱が直接伝わってきて。


 いけないことだと分かっているのに、体の奥が疼いてしまう。


 「あいつと別れられない?」


 「えっ」


 「俺の稼業も浮き沈みがないとはいえないけど、明美ちゃんを支えてあげられるくらいの余裕はある。ヒモとの生活で心身ともにすり減らすくらいなら、いっそのことこのまま」


 「そんなこと、いきなり言われても困ります」


 思わず掴まれた手首を振り解いてしまう。


 出会ってまだ数日の人とこんなことをしてしまったのみならず、上杉くんと別れろとまで。


 「さすがにいきなりは無理だよね。無理矢理別れてこじらせて騒動になってもまずいし。答えは急がないよ。でも機会を設けて、これからも会いたい」


 「だめです。もうこれっきりにしないと」


 「心からそう言い切れる?」


 「それは……」


 「俺はあの夜から明美ちゃんが忘れられなかった。明美ちゃんも同じだから、今日会いに来てくれたんじゃないのかな」


 どんなに言い訳しても、本音はその通りなのかもしれない。


 現に再びキスを受け入れ、そしてここまで……。
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