魅惑への助走
 ……。


 「さっきの話、ゆっくり考えておいてほしい」


 「……」


 「一応、本気だから」


 帰り道。


 ホテルを出て高速に乗り、東京に戻る。


 とっくに日付は変わっており、私のマンション近くまでたどり着いたのは、午前二時くらい。


 マンションから50メートルほど離れた場所で降ろしてもらった。


 やはり周囲の目が気になるのと、万が一上杉くんに見られたらまずいと危惧したから。


 「何かあったら電話して。電話に出られない際は、メールでも入れておいてくれたら、折り返しかけ直すから」


 「分かりました」


 プライベートの携帯番号もメアドも伝えてしまった。


 「これっきりにしたい」とか、「もう会わないほうがいい」とか告げたのも、所詮は口だけ。


 次の約束に期待している自分がいる……。


 「じゃ、おやすみ」


 「今日はありがとうございました」


 葛城さんの車は、すでに人通りの途絶えた街を走り去っていった。
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