魅惑への助走
 「ただいま」


 どうせもう上杉くんは寝ているだろうと思い、小声で。


 ところが予想に反して、居間の電気は煌々と明るい。


 テレビの音声も聞こえてくる。


 まさか、私の帰宅を寝ないで待っていたとか……?


 付き合い始めた頃は、それは嬉しいことだったはずなのに。


 浮気を終えて帰宅した今となっては、それはむしろ恐怖……。


 「また電気つけっ放しで」


 上杉くんは食事用テーブルに受験用テキストなどを広げたまま、突っ伏して寝ていた。


 電灯やテレビのみならず、脇のパソコンやオーディオ類の電源も入ったまま。


 「電気代節約しようって言ってるのに」


 上杉くんがバイトを辞め、収入が減った分細かいところを節約しようってこの前話し合ったばかりなのに。


 「上杉くん、起きて。こんな所で寝ないで、ちゃんとベッドで寝ましょう」


 熟睡しているようでなかなか起きないので、揺り動かした。


 すると腕の下に隠れていた表が見えてきた。


 「これ……」


 大学受験前に受けた、模擬試験の結果のような紙。


 少し前に上杉くんが受験した、司法試験用模擬試験の結果だった。
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