魅惑への助走
 「明美ちゃん、おはよ」


 「おはよう……ございます」


 社長のデスク正面に立っていた私の前に、葛城さんは近づいてきた。


 二人きりで会っているような仲なのに、何事もなかったかのような仕草で。


 葛城さんはこうして度々、オフィスに私を尋ねてくる。


 「これ、保険の契約、完了したから」


 「ありがとうございます……」


 保険証書一式を渡された。


 葛城さんの紹介で、同級生である保険代理店の方にあれこれ手を尽くしていただいて。


 保険の契約を新たに結んで、この前の事故の処理も無事に解決した。


 「じゃ、また来るよ」


 「ありがとうございます」


 保険証書を手渡すと、葛城さんは去っていった。


 「……いつものことだけど、忙しい男よね」


 その神出鬼没ぶりに、社長は苦笑している。


 「忙しい中、きちんと明美ちゃんの面倒は見てくれるのだから、律儀でもあるわよね」


 「実は暇なんじゃないですか」


 「まさか」


 社長は笑い飛ばすけど。


 なぜ私のためにあれこれ手を尽くしてくれるのか、イマイチ理解できずにいた。
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