魅惑への助走
 抱き合っている間、ずっとお気に入りのCDの音楽が流れていたため、いつもよりもっと官能的な夜だった。


 夢中になっている間に演奏時間が終了し、やがてオートパワーオフ機能でデッキの電源も切れていた。


 静けさに包まれた中、夜は更けてきて空気が冷えてくる。


 体が冷たくなってしまわないよう、タオルの中で二人暖め合いながら時の流れを感じる。


 「とにかく、現状では経済面では明美に甘えっぱなしだから、俺は家事面でできることは何でもやって、恩返しをしていくつもり」


 「無理しないで。まずは上杉くんは試験勉強が第一だから」


 「うん……。勉強、頑張る」


 その決意表明が、以前に比べると歯切れが悪いのが気がかりなところ。


 「勉強ももちろんするけど、居候させてもらってる分、家事はしっかりとやらなきゃ俺の気が済まないんだ。何でもするから。俺、子供を産む以外なら、何でもできるから」


 子供を産む以外。


 上杉くんがふと口走ったその一言が、私の心に再び陰を差した。
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