魅惑への助走
 「笑える勘違いだけど……。結果的にはよかったんじゃないかな。勝手に勘違いして勝手に離れていってくれるんだから。絶対別れないってゴネられて、ストーカー化するより断然ましだと思うし」


 「でも……」


 別れ話がこじれてトラブルになることを考えると、激しい抵抗に遭わないまま別れられることは確かにスムーズ。


 だけど……何か釈然としない。


 「AV女優だと誤解されたままじゃ、やっぱり嫌?」


 「……」


 「竹田朱実本人を連れてきて、竹田朱実と武田明美は別人であると説明すれば一発だけど。ただしその場合、誤解してすまなかったやっぱりやり直そう……って流れになったらどうする?」


 「たとえそう言われても、絶対に無理です。覆水盆に返らず、まさにそれ」


 徹底的に憎み合うほどこじれたわけではない。


 でも私も上杉くんも、心の中にある水入れの中の水を、確実に互いに向かってぶちまけてしまった。


 飛び散った水は、もう元通りにならないのと同様に。


 私たちの気持ちも……きっともう元には戻らない。
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