魅惑への助走
 「……どうしてこんなことになってしまったんでしょうね」


 あんなに好きだったはずなのに。


 ずっとそばにいたいって願っていたのに。


 今はこうして他の人の腕の中、別れの順序をあれこれ考えている……。


 「愛だけじゃ生きていけないし、愛がこの世の全てではないからね」


 身に染みて思い知らされる。


 「でもね、人は誰かを愛さずに生きてはいけないし、一人じゃいられないんだよ」


 葛城さんは私にそっと唇を重ね、いつものように抱きしめ、体を重ねようとした時。


 無反応な私の様子を伺い、すでに眠りに落ちていることに気がついた。


 ディナーの席でワインを飲んでいたのと、いろいろありすぎて疲れていたのもあり。


 そして葛城さんの腕の中が心地よすぎて、いつの間にか眠ってしまっていた。


 「おやすみ」


 葛城さんは苦笑したまま、腕の中の私の髪を撫で続けてくれていた。


 そうして何もないまま、イヴの夜は静かに過ぎていった。
< 501 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop