魅惑への助走
 「今でも明美を大切に思う気持ちに変わりはない。だけど……明美の隠していたことは俺には重すぎた。そして明美も、今の俺を支えることが負担になっていると思う。互いの存在が重くなりすぎたんだ」


 私の隠していたこと、すなわちAV女優だという誤解。


 「これでは互いの存在が互いを押し潰すのも時間の問題だから、手遅れになる前に距離を置くのが最善策だ。……もうすぐ友達が車で迎えに来る。荷物は大した量じゃないから、全てバッグに詰め込んだ」


 衣類などが詰め込まれてパンパンに膨らんだ旅行バッグ。


 そして紙袋には、司法試験対策のテキストなどが入れられていた。


 「万が一忘れ物見つけたら、電話かメールして。しばらく番号は変えないから」


 「待って」


 友人に連絡を取ろうとしたのか、携帯電話を取り出した上杉くんを呼び止めた。


 「金魚……どうする?」


 私の部屋には金魚の水槽があった。


 初めての夜、お祭りで見つけて買ってきた出目金。


 片目がないので気になって、無理矢理買うことにしたのだった。
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