魅惑への助走
 「俺が連れて行くよ。明美もいつまでもこの部屋にいるとは限らないんでしょ?」


 上杉くんは葛城さんの存在は知らないはず。


 葛城さんと一緒に住むためにいずれこの部屋を退去することも、もちろん話していない。


 なのに上杉くんは、私が間もなくこの部屋を出ることを薄々勘付いているようだ。


 「任せていいかな。私、昼間はだいたい不在だし。満足に面倒見てあげられそうもないから」


 葛城さんの存在は伏せたまま、金魚は上杉くんに譲り渡すことにした。


 ビニール袋に水槽の水を入れ、そこに出目金を捕まえて移動させた。


 「私ができなかった分も、かわいがってあげてね」


 「頑張って長生きさせるよ」


 もう二度とこの出目金には会えないと思った。


 「あとちょっとで、友人との待ち合わせ時間だ。そこのコンビニで待ち合わせしてるから」


 私が戻ってこなかったら、置き手紙を残して出て行くつもりだったという。


 まるで昔聞いた歌謡曲みたいなシチュエーション。


 男女の立場が逆になっただけで……。
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