魅惑への助走
 私たちが帰国したのは、その年の初夏だった。


 帰国早々、梅雨の時期にぶつかってしまい蒸し暑さにうんざり。


 去年は梅雨を待たずして渡英したため、二年ぶりの梅雨前線。


 こんなに不快なものかと思い知らされた。


 「ロンドンも霧の日が毎日続くと、気が滅入ってきたものだったけどね」


 向こうは一年を通じて冷涼な気候だった。


 特に夏場は気温があまり上がらず、暖流(メキシコ湾流)が冷たい空気に触れる影響で連日霧に閉ざされる。


 なかなか太陽に会えなくなる。


 冬はこれまた暖流の影響で、東京よりも暖かいと思えるほどだった。


 緯度は北緯50度をゆうに越えているにもかかわらず。


 久々に体験する梅雨と湿度の高さに悩まされながら、再び日本での生活が始まった。


 新居は都内の高級マンションの上層階。


 以前葛城さんが住んでいた部屋は一人暮らし向きだったので、家族持ちに相応しい規模の部屋に引っ越した。


 部屋に入り、エアコンをつければ外の蒸し暑さはシャットアウトされる。


 下界に降り注ぐ雨の暗さを窓から見下ろしながら、私は日本に帰ってきたということを実感した。
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