魅惑への助走
 「売れてるんですね……」


 驚いてこう告げた口調もどこか他人事。


 自分で書いた作品にも関わらず、現在携帯小説の売り上げランキング一位であるこの作品が、自分の作品であるという実感が持てない。


 確かに書いたのは自分なのだけど、一つの作品を完結させたという達成感もない。


 第一この作品……キャラの名前やヴィジュアル面、会社などの設定は私が考えたものだけど。


 話の流れやその他諸々の設定の組み立ては、梨本さんに負うところが多い。


 私は原案を提出しただけで、実際作品を作り上げたのは梨本さんと言っても過言ではない。


 他人が作詞作曲した曲を歌わされるシンガーソングライターって、こんな気持ちなのだろうか……とぼんやりと考える。


 自分の本意とは異なる作品を発表し、たとえそれが売れたとしても……。


 「……というわけで。次もこんな感じで頼むわね」


 ぼんやりしていて、梨本さんの話をちゃんと聞いていなかった。


 「やはりうちのサイト、オフィスラブが一番売れるのよね。今ちょうど韓ドラが大人気じゃない? ああいうものを好む層が、うちのサイトで小説を楽しんでくれているらしいの。だからその層を満足させるものを、」


 「また……オフィスラブですか」


 私は口を挟んでしまった。
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