魅惑への助走
 「ん? それが何か?」


 当たり前でしょ、と梨本さんの表情には書かれている。


 「実は私……。もうネタが浮かばなくて」


 「ネタ? 今までの作品の踏襲で無問題だけど?」


 「いつも同じ展開なのもちょっと……」


 いくら何でも、毎回毎回同じような内容では。


 飽きられるんじゃないかと心配になる。


 「うちの読者は、変革を求めないの。王道のハッピーエンドのラブストーリー。舞台はオフィスでありさえすればみんな喜んでくれるんだから」


 「今はよくても、いずれマンネリ化で見捨てられるのでは」


 「王道から外れたものを書いて賛否両論を巻き起こし、拒絶反応を招いて一定数以上の読者に逃げられるよりは、王道を書いていたほうが安全策なのよ。たとえマンネリであろうと」


 梨本さんは自信たっぷりに答えたのだけど、


 「ですが。実際私も……。毎回同じようなヒロイン&ヒーローの話ばかりで、いささか疑問を感じていまして……」


 私は意を決して異議を唱えてみた。


 「そういうのを読者が好むんだから、仕方ないのよね。私たちは読者が一番喜ぶものを提供してあげるのが仕事」


 梨本さんは信念が固い。
< 553 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop