魅惑への助走
 「でも」


 「明美ちゃん。もしも自分が料理人になったと仮定してみて」


 「料理人、ですか?」


 「そう。もし明美ちゃんが料理人で。お客さんに美味しい料理を提供する立場だとして。多くのお客さんの喜ぶ顔を差し置いて、自分はいいと思うものの実際はまずい料理を押し付けたりできる?」


 「いえ……」


 「それは小説家でも同じことなの。独りよがりの作品はプロには必要ないの。私たちにとって大切なことは、最大多数の読者さんに喜んでもらえる作品を提供すること」


 確かに梨本さんの言うことは正論。


 でも私は……。


 「じゃ明美ちゃん。今度は明美ちゃんの理想のタイプの男性を私に語ってみて」


 「理想のタイプ!?」


 いきなりの梨本さんの指示に、私は驚きを隠せない。


 「これも次回作執筆のためのヒントになるんだから。さあ」


 急かされるほどに、頭の中には何も浮かんでこない。


 理想のタイプ、すなわち私の好きなタイプ。


 頭の中で歴代の私の相手を思い返してみると、面白いくらいに共通点がなさすぎて笑ってしまいそうになった。
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